オープンから1年。
「まちトープ」と名付けられたこの複合施設で開催された数多くのイベントに立ち会い、空間が使われていく様子や、そこに集う人々の表情を見てきた。
その積み重ねのなかで、ようやくこの場所の意味や設計の意図を言葉にできる気がしている。
新潟県燕市。三条市と共に「燕三条」ブランドを確立し、金属加工産業を中心に発展してきたものづくりのまちである。
その中心部にある宮町商店街はかつて多くの人で賑わっていたが、近年では人通りが減少し、いわゆるシャッター商店街になっていた。
2013年、衰退に拍車をかけるように宮町商店街のアイデンティティであったアーケードが撤去された。
よく知る宮町商店街が、知らないどこかに変わった瞬間であった。
これまで薄暗い印象のあった商店街に光が入り、新しいスタートのようにも感じた。
煌々と照らされた商店街の風景は、今でも目に焼きついている。
長岡造形大学で建築を学んでいた僕は、迷うことなく、幼い頃からお世話になってきた宮町商店街を卒業研究の対象地とした。
問題を抱える商店街に、建築・環境デザインの観点から活路を見出そうと考えていた。
研究内容は、衰退する商店街を、地場産業と絡めながら、新しい建物とポテンシャルのある古い商店街が補完的な関係を築くような設計を行い、
まちぐるみで地域を盛り上げるグランドプランを構想するものだった。(近代建築2015)
数年後、商店街に同時多発的な動きがあった。
燕市が商店街の空き家PRを積極的に行い、数名の若者がほぼ同時期(2020年)に商店街の空き家を、店舗やスタジオにリノベーションし、活用しはじめた。
さらに、県外企業や大学と燕市を繋げる事業を軸とする「株式会社つばめいと」のオフィスが建設された。
オフィスは、燕三条周辺企業のインターン生や、この地域をテーマにした課題に取り組む学生のための一時的な宿泊施設としての機能を持つ。
県内外から来た若者が商店街を歩いている風景が日常的になりはじめた。
この動きの中、株式会社つばめいとが、宮町商店街の再開発プロジェクトの一環として、商店街を訪れる人々が気軽に利用できる公共性の高い施設の建設を計画した。
老朽化が進む既存の建物を解体し、新たに施設を新築する計画とした。
僕の幼馴染で、宮町商店街を拠点に活躍するグラフィックデザイナーの嶋田雅紀氏が、施設全体のプロデュースおよび運営をすることになった。
2022年秋、「宮町商店街にビオトープのような場所をつくりたい」と、嶋田氏が声をかけてくれた。
ビオトープ×地域拠点のコンセプトに深く共感した。生態系の小さな共生空間に着想される建築はどうあるべきだろうか。
ビオトープは、環境条件のわずかな差異や変化によって、多様な生物が住み分け、生息域がグラデーション状に広がる場と言える。
この生態学的な構造を、人々の活動空間に重ね合わせ、「公共性」と「商業性」の繊細なグラデーションを設けることを考えた。
建築主からは、みんなの図書館「ぶくぶく」※、シェアラウンジ、カフェ、レンタルキッチンスタジオという4つの用途をもつ複合的な空間が求められた。
これらを機能ごとに分断し、縦長の敷地に順に並べれば、計画としては明快で、齟齬も生じにくい。
しかし、そのように整理された演繹的な構成からは、ビオトープのような多様性や重なりの豊かさは生まれにくい。
むしろ、機能の境界があいまいで、それぞれがゆるやかにつながりながら混ざり合う構成こそが重要だと考えた。
用途ごとの空間がエリアとして自立しつつも、相互に関係をもち、時間とともに変化する使われ方を受け止められる、帰納的な空間構成を目指した。
南側の商店街通りに面する「みんなの図書館」は、誰もが自由に入り、滞在できる最も公共性の高い空間である。
そこから内側へと進むにつれて、「シェアラウンジ」「カフェ」と商業性が徐々に高まる。
最も奥の「レンタルキッチンスタジオ」は個人や特定グループの利用を前提とした商業性の高い空間へと変化する。
奥に行くにつれてプライバシー性を高まるため、西面道路に対しての開口部は徐々に抑え、代わりに光庭を設けて自然光を内部に導く計画とした。
これにより、外部からの視線を調整しながら、明るさと開放感のバランスを保っている。
各エリアは、それぞれ天井高さの異なるボリュームとして構成し、それぞれの境界部には垂れ壁を設けることで、視覚的情報を絞った。
メインの入り口に当たる図書館の天井高さを抑えることで、その後に続く空間の開放性や奥行きをより印象的に感じれるようにしている。
各ボリュームは、リニアに配置せず、敷地に合わせて雁行させた。それにより生じる一つの角を、カフェのエントランスとした。
構造用合板を斜め張りした壁を、各ボリュームごとに設け、場の拠り所を象徴的に創出した。
移動可能な照明や家具を採用することで、使い手による再構成を促し、帰納的な使われ方や、新たな活動の発生を受け止められる柔軟な構成とした。
敷地は角地に位置し、東面が隣地建物に接しているため、建物も東側に寄せる配置とし、西面道路側を植栽のある舗装したアプローチとした。
通常の商店街では間口の狭い正面のみがファサードとなるが、本計画では角地であることを活かし、長手の西面も新たな顔として位置づけている。
大学時代、設計課題に疲れると、学内の美しいランドスケープの中を散歩した。
そこには、小さなビオトープがあり、モリアオガエルが幸せそうに暮らしていた。
近づいてよく見ると、アメンボや微生物が水面や水中を漂い、小さな世界の中に驚くほどの多様性が息づいていた。
さまざまな状態が重なり合うことで、空間に複雑性が生まれ、僕を惹きつけた。
その魅力に引き寄せられるように、また次の新しい出来事が自然に立ち上がっていた。
今、まちトープが向かおうとしている姿にも、どこかその光景が重なる。
商店街の中の小さな余白に、多様な関係性や営みが自然と根づき、やがてそれ自体が環境の一部となっていくを期待している。
佐藤 圭真
建物名:まちトープ
所在地:新潟県燕市宮町2-26
主要用途:飲食店・店舗
- 設計-
佐藤圭真建築設計事務所 担当:佐藤圭真
構造 佐藤圭真建築設計事務所
- 施工-
株式会社福田組 担当:山田正人
設備 株式会社ケンオウ 担当:和田光雄
電気 株式会社HEXEL Works 担当:小林敏範
- 構造・構法-
主体構造・構法 在来軸組金物接合構法
基礎 ベタ基礎
- 規模-
階数 地上1階
軒高 5.050m
最高高さ 5.800m
敷地面積 291.30 ㎡
建築面積 156.09 ㎡(建蔽率53.59% 許容80%)
延床面積 153.09 ㎡(容積率52.56% 許容400%)
- 工程-
設計期間 2022 年10 月~2023 年4 月
工事期間 2023 年6 月~2023 年12 月
- 設備システム-
空調 冷暖房方式:ルームエアコン
換気方式:第3種換気
給排水 給水方式:上水道直結
下水方式:公共下水
給湯 給湯方式:ガス給湯器